一度貼り付いた一十木音也を引き剥がすのは難しい。
重々承知していたはずなのに、このところ距離があったせいかうっかり忘れていた。
「音也、ちょっと待……ん」
やはり汗臭いままなのは抵抗がある。せめてシャワーだけでも、と思ったものの、音也はこちらの話など聞こうともせずキスを続けた。
押し倒された体勢はトキヤにとって不利でしかなく、あっと言う間にシャツの裾から手が差し入れられる。
「だから待てと言って……音也!」
「やだ」
肌を撫でようとする手をようよう掴み、トキヤは叱るように一喝した。だが、音也はすねた目で拒否を示す。
「やだって……子供ですかあなたは」
「だってもうずーっと我慢してたんだよ? 近くにいるのに全然触れなくて……すごく苦しかった。トキヤは違うの? 俺とするの……嫌?」
「その訊き方は……狡いです」
するりとトキヤの頬を撫で、音也はまっすぐ見つめてくる。言葉は甘えるようでいて、口調と眼差しはそれとは真逆だった。
いや、そう感じるのは、惚れた弱み、というやつかもしれない。
他の人間なら、彼のこの言動を可愛いという形容詞に当てはめるのだろう。けれどトキヤにとっては違う。可愛いと同時にその奥にある音也の男の部分があいまって、胸がどきりと甘く疼く、厄介な部分だ。
「嫌だとは……言っていないでしょう。ただその……こんな汗くさい状態では……」
「俺は好きだよ」
「……」
「汗かいててもいい匂い。トキヤの匂い大好き」
「や、やめてください」
ちゅ、と口端に触れるキスを落としてから、音也はトキヤの首筋に顔を埋めた。すう、と匂いを嗅ぐ様子に、トキヤはあわあわと肩を掴んで押し戻す。
「そんなはずありません。いいから早くどいて……」
「そうだね。そんなはずないんだけど……俺にはどれも、好きな匂いなんだ。トキヤが好きだから、汗の匂いも好き。なんか興奮するし」
「っ……」
する、と脚を絡ませ、音也は反応し始めているそこを押しつけてきた。固い熱の感触に、トキヤは更に頬を熱くさせる。
興奮するかどうかは別にして、汗の匂い程度で萎えはしない、という点は事実のようだった。どちらにせよ、こうなってから音也を離すことは無理だろう。抵抗すればする分、無駄なやりとりで時間が過ぎていくだけだ。
それに、トキヤだって本当は早く抱き合いたいと思っている。触れ合いたいと、望んでいる。
「どうせしたらまた入らなきゃいけないんだし、そしたら俺が隅々まで洗ってあげるから」
「それは遠慮します」
にこっ、と邪気なく笑う音也に対しては冷たい言葉を返し、けれどトキヤは掴んでいた腕を離した。それを了承と取ったのか、音也は止めていた手を進める。
「トキヤ可愛い。大好き」
「そういうことは……言わなくていいです」
「ずっと言えなかった分言いたいんだ。言わせてよ」
少し苦しげに笑み、音也は「大好き」と囁く。強要したわけでなくとも原因は自分にある。そう言われてしまうと苦しく、かといって好きだなんて言うこともできず、トキヤはただ音也の背に腕を回した。
密着する体温と音也の重みに、顔だけでなく体もじわじわと熱を上げる。眠っていた欲が、頭をもたげる。
「音也……せめて明かりを……」
「聞こえない」
「ぁ……ん……」
明るい中でしたことは一度もなく、何もかもを見られてしまうのには抵抗があった。けれど音也はトキヤの訴えを短く切り捨て、それ以上は許さないというように唇を塞ぐ。
シャツの下の手のひらはとうに腹から胸へと移動していて、やや勃ち上がっていた突起を親指がやんわりとこねた。甘い電流が全身に広がり、最後の抵抗の意志はあっさり取り上げられる。
「全部見せてよ。見たいんだ……トキヤの可愛いとこ全部」
「か、かわいくなんて……」
「可愛いよ。真っ赤な顔も、やらしいここも。大好き」
顔を背けるトキヤの頬に軽く口付け、音也は肌を覆っていたシャツをたくしあげた。そのまますかさずちゅう、と乳首を吸われ、トキヤはびくんと小さく震える。
唇に挟まれたそこを舌先でぐりぐりと苛められると、強い快感が体を襲った。久し振りで敏感になっているのか、ほんの少しの愛撫に過剰に反応してしまう。
胸をいじられ、肌を手のひらで嬲られるだけで、下半身がいやらしく疼く。
「ぁ……や……」
「や、じゃないでしょ。ほら、ここも固くなってる」
「っ、駄目、です。まだ……ん……」
ぺろりと胸を舐め、音也はトキヤの下半身へ手を滑らせた。音也の言う通り、そこは欲を募らせ固く育っている。
「まだ、何? このままがいいの?」
「違……ぅ、ん……」
ベルトを緩めていた手を止め、音也は布地の上からトキヤの中心を撫でた。ゆっくりと手のひらでさすり、根元から上までを包んでやんわりと揉みしだく。
「音……っ、それ、嫌……」
「そんなに可愛い声出されると、もっと苛めたくなるなぁ」
ふふっと笑い、音也は揉む速度を上げた。自慰すらしていなかった性器は手淫に耐えられず、じわりと先端を濡らす。
「も……やめてくださ……。駄目……」
「駄目?何が駄目?」
「っ……そのままは、嫌です。ちゃんと脱がせて……」
「……トキヤちょー可愛い……!」
はー、と大きく息をつき、音也はたまらないというようにトキヤを抱き締めた。ちゅ、ちゅ、と顔中にキスを降らせ、「大好き」と今日何度目かのそれを囁く。
「ごめんトキヤ。トキヤが俺のこと考えてくれてたのがすごく嬉しくて……ちょっと浮かれちゃった」
「……」
「こういうのもいいけど、今日はやめとくね。ちゃんと気持ちよくしてあげる!」
「え……」
今日は……とはどういう、と訊く間は当然与えられなかった。音也はにこっと笑うと体を起こし、半端に放置されていたトキヤのベルトを完全に緩めると、手早く全てを取り去った。一気に下半身を曝され、トキヤは思わず脚を曲げて防御態勢になる。
「急に何するんですか!」
「何って……トキヤが脱がしてって言ったんじゃん。ほら脚開いて」
「ちょ……音……っ、」
曲げたトキヤの両の膝頭を掴み、音也は躊躇わずぐい、と開かせた。言われてみればその通りなので、やめろとは言いにくい。
最も、そう言ったところでこの男が聞くはずもなく、トキヤは羞恥に全身を熱くして顔を背けた。部屋が明るいせいで、はしたなく反応を示している中心も丸見えだろう。
やはりせめて明かりくらいは消させるべきだった、と今更ながらトキヤは後悔した。そんなこちらの思いを知ってか知らずか、音也は「もう濡れてるね」などと嬉しそうに呟いている。
「余計なことを……っ、ぁ」
身を沈めた音也に性器を含まれ、声は喘ぎに変わった。熱い舌がねっとりと絡み、指と唇がゆるりと動く。
唾液に濡らされたそこはすぐにくちゅくちゅといやらしい音を立て始め、さっきよりも強い快感をトキヤに与えた。力の入らなくなった脚には音也の片手が伸び、内腿を撫でる感触にそくりと背が震える。
「ん、ぁ……は……」
一定間隔で上下に扱く中、音也の唇は括れを狙って強く嬲った。とろり、と先端が潤むと、間を置かず舌が窪みをつつく。
ずんと重い熱が腰に広がり、トキヤは無意識に身を捻った。このままではすぐにイッてしまう。あまり触れていなかったとしても、それはなんだか悔しい。
「逃げないで」
「でも……」
「ずっとしてなかったんでしょ? 出したいなら出してよ。我慢なんてしないで……ほら」
「ぁんっ……や……」
きゅう、と握る指に僅かに力を入れ、音也は根元から括れまでを擦り上げた。次いで今までより速度を上げてトキヤを攻める。
「んっあっ……そんな、に……」
「トキヤ……可愛い。ねぇ、イク顔見せて」
「っ嫌、です」
顔を上げて覗きこんでくる気配に、トキヤは腕で顔を覆った。どんな顔かは知らないが、絶対にみっともなくだらしない顔に決まっている。薄闇の中ならまだしも、こんなに明るい場所で見られるのはごめんだ。
「どうして。可愛いのに」
「そんなわけ……ん、ありま、せん。それに……」
顔を覆う腕を掴みはがそうとしながらも、音也は下を弄る手を止めない。それでも抵抗しながら、トキヤは切れ切れに言葉を紡いだ。
「それに、何?」
「……私ばかり見られるなんて、狡いでしょう」
「えっと……つまりトキヤも俺の顔見たいの?」
「ちっ違います! なんでそうなるんです」
自分ばかりいいようにされて恥ずかしい顔を見られるのは嫌だ、とは思ったが、やめてほしいという意味であって、同じようにしたいと言ったわけではない。
思わず自ら腕をどけて言い返したトキヤは、視線の先にある笑顔に自身の失態を知った。
「へっへー俺の勝ちー。はいもう無駄な抵抗しない」
「な……っ、なんで両方掴むんです」
「このほうがよく見えるから」
にこっと邪気のない笑みで答え、音也はトキヤの両手首をまとめて掴むと頭上のシーツに押しつけた。腕を捕らえられ、脚の間にはがっつり体を差し入れられ、身動きができない。
顔を背けることならなんとかできそうか、と思ったものの、そうはさせじと音也の唇がキスをしかけてくる。
「ぅん……ん……」
「……そんなに逃げないでよトキヤ。ほんとに嫌なのかなって……不安になる」
柔らかく深い口付けの後、音也はこつんと額を当ててトキヤを見つめた。そうやって甘えながら強請るのは、音也の十八番だ。けれど効果が絶大だからこそ十八番なわけで、卑怯な、と思いつつも心はゆるりと甘やかに揺れる。
「そういうわけじゃ……ありません」
「じゃあ逃げないで」
低い囁きを混ぜ、音也はまた口付けを落とす。差し込まれた舌に翻弄されつつも、トキヤはそれに応えた。嫌ではないという、トキヤなりの意思表示だ。
ささやかすぎるが、それでも音也には伝わる。伝わるだけの関係を、作ってきた。
舌を絡め合い、吸い合い、流し込まれた熱い唾液を飲み込む。内頬を撫でて歯列をじっとりと苛められると、体の奥がじんと痺れた。それを引き出すかのように、音也はトキヤの欲をリズミカルに苛める。
「ぅ、ん……ふ……」
「トキヤ……」
体中を巡る快感に呻き、トキヤは閉じた目からするりと涙を零した。は、と荒い息を吐き、音也がそれを舌で舐め取る。
「ね、俺も一緒にして、いい?」
「え……」
「もう遅いし、挿れるのはさすがに辛いだろ? だから、トキヤと一緒に」
音也なりに気を遣っているのだろう。今日は最後までするつもりはなかったらしい。まさかそんな殊勝なことを言い出すとは思ってもおらず、トキヤはやや戸惑い気味に音也を見上げた。
「ていうか、えっちなトキヤ見てたら我慢できなくなっちゃって。だから、ね」
「ぁ……」
へへ、と気恥ずかしそうに笑ってから、音也は寝間着替わりにしているハーフパンツから自分のそれを取り出した。ぴたり、とトキヤに添えられた欲は、同じくらいに熱く固くなっている。
「……音也、手を……。もう、止めたりしませんから」
「あ、ごめん。痛かった?」
「いえ。ですがその……私も……あなたに触れたい」
「えっ……」
されるだけという一方的な行為は嫌だった。受け入れるという点ではこちらに負担があることは否めないが、これは互いに欲した上でのことだ。それに、自分のペースに持ち込みながらも、まだどこか、音也は遠慮をしているように思えた。
最後までしないというのもそうだし、自分よりトキヤの気持ちよさを優先している。恐らくそれだけ、今回の件に関し反省し、悩んだのだろう。そう思うと、罪悪感からなのか、いつもなら出ないような言葉がぽろりと出る。
「それとも、嫌ですか?」
「まっまさか……! 嫌どころか嬉しい……けど」
「なら、いいでしょう」
珍しいトキヤの申し出にびっくりした顔をしつつも、音也は首を横に振った。なんだかその顔をまもとに見ることができず、トキヤは目を伏せて二つの熱の塊に手を伸ばす。
「人のことをあれこれ言っておきながら、随分と……」
「トキヤを前にして、反応しないほうがおかしいだろ」
すっと頬を赤くし、音也は恥ずかしそうに唇を尖らせた。可愛い仕草にふっと笑うと、仕返しというようにキスを掠め取られる。
「ん、ぅ……」
唇を食み、開いた隙間から舌を差し込むと、音也は性器を握る手をも動かし始めた。口腔をやんわり荒らしながら、ぐちゅり、と二つの欲を指でなぶる。
二つをまとめて持つように片側から握る音也の逆は、トキヤだった。音也にひきずられ、ぎこちなくも同じように動かす。
幾度か繰り返すうちに、トキヤの体液が移り音也のそれもじっとりと湿り気を帯びた。先端から零れる雫を竿に塗りたくれば、水音はぐちゅぐちゅと大きくなり、さらに淫猥さを増していく。
頭から足先まで全部が熱く、中心に齎される快感に思考は鈍った。見られているとか、明るいままだとか、そんなことは些末だと、理性が欲に押し流されていく。
「は……おと……んっ……」
「気持ちいい……? トキヤ、腰揺れてる」
指だけの愛撫では足りなくて、腰は無意識に上下に揺れていた。そっと囁く声に羞恥を感じても、体は止まろうとしない。
もっと強い熱を、刺激をと、その先にある悦楽を知っているからこそ貪欲になってしまう。
「あ、なたは……どうなんです……っ」
「いいよ、すごく……。もう、イッちゃいそうなくらい」
ぎりぎりの意地で弱く睨んだものの、返ってきたのは欲に染まった深い瞳と掠れた声だった。トキヤ、と続けて呼ばれると、胸だけでなく体もどくんと熱く潤む。
「この程度で……満足するんですか、あなたは」
「え……?」
「このままイッてしまっていいんですかと……訊いているんです」
きゅ、と音也の欲を少し強めに握り、トキヤは腰を揺らした。耐えるように片目を歪ませ、音也が細く息を吐く。
「ちょ……トキヤ、そんな煽らないで……ていうか、えっと……今なんて」
「そんな風にらしくなく遠慮されると、正直居心地悪いというか……気持ち悪いというか……」
「何それ……」
続いたトキヤの言葉に落胆したのか、音也はがくりと頭を落とした。だが、すぐに持ち直し顔を上げて嬉しそうに笑う。
「トキヤが強請ってくれるなんてちょー嬉しい」
「ね、強請ってなんていません。あなたが……」
「うん。ほんとはちゃんとしたいって、思ってた。触ったらたまらなくなって……でもやっぱり負担かけたくないし……でもトキヤエロいしどうしようって……」
「……だから、あなたは余計なことを考えなくていいと、さっきも言ったでしょう」
最後のフレーズは聞かなかったことにして、トキヤは小さく返した。「そっか、そうだった」と、音也は何も疑わず頷いている。
そうしてトキヤに軽くちゅ、とキスをすると、音也は触れずにいた脚の奥へと手を差し入れてきた。反射的に息を詰め、トキヤは目を閉じる。
この状態で音也を見ることはできないし、表情も見られたくない。拓かれていくときの顔だけでなく、その裏にある卑怯な顔も、見られたくなかった。
狡いだの卑怯だのと音也を非難しておいて、正真正銘卑怯なのは自分自身だ。
触れ合うだけの行為が物足りなくて、我慢している音也を解放させることで罪悪感を消そうとしている。流されたふりをして、望むほうへいざなっている。彼がそれに気づかないのをいいことに、甘えているのだ。まっすぐさと素直さに、つけ込んでいる。
そのくせ、自分の優位を保とうと必死なのだからみっともなくて笑ってしまう。狡くてみっともなく、情けないほど弱い。
こんな自分なんて、今まで知らなかった。実を言えば最初は、認めたくなくて目をそらしていたくらいだ。恋を知ったせいなら捨ててしまいたいと、そう思ったことも幾度かある。
それでもやはり、捨てられなかった。想いをないことには、できなかった。好きだと気付いてしまった時点で手遅れだ。けれどもう、それを捨てたいとは思わなかった。
知ってしまえば、手にしてしまえば、この温もりを、向けられる想いを、ストレートにぶつけてくる言葉を、放すことなどできない。
「っ、は……」
「痛く、ない?」
深く差し入れられた指に僅かに呻くと、音也が心配そうに訊いてくる。ただ首を振るだけで答え、トキヤはぎゅっと音也の腕を掴む。
いいから続けて、と細く紡ぐと、優しいキスが膝頭に落ちた。
2012/02/13PixivにUP・2/28再掲
後半エロターンで終わりのはずでしたが終わりませんでした……。
ので続きます。挿入は次回!
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