星降る夜に君に恋する(途中部分抜粋1)

綺麗に整頓して、規則正しく並べられている本棚の本、机の上は最近買ったCDが二枚と読みかけの本が一冊置かれているくらいで、他には一切無駄なものがない。
ベッドは使われているのかと疑いたくなるくらい、布団もシーツもきっちりたたまれている。
トキヤのスペースは、どこを取っても音也とは正反対だった。まるで半分を境に別世界になったかのようにも見える。いや、「かのように」ではなく、別世界にしたいのだろう。
彼は自分に関わる一切を、見えない壁で遮断している。部屋だけでなく、見た目もとても綺麗で何事にも完璧主義、なかなかに神経質なところもあって、自分の空間やペースを乱されるのが嫌いなタイプだ
綺麗好きで落ち着いた空気を好むトキヤと、あちこち散らかった部屋でも気にならず、自由に楽しくしたい自分とでは、まるきり正反対だった。だからトキヤは音也のようなタイプは苦手なのだろう。
壁を作りたくなる気持ちは、わからなくもない。だが、それとは関係なく、トキヤは人に対し基本的に壁を作っている気がする。
同じSクラスの来栖翔や神宮寺レンとは比較的話すようだが、サッカー仲間になった翔から聞いたところによれば、クラス内に友人らしき者は他におらず、一人でいることを好んでるようだった。
歌は上手く、頭も良く、顔もスタイルも他の生徒より飛び抜けてレベルが高い。その上言葉がきついから、HAYATOとうりふたつの双子の弟といえど、近付く人はいないらしい。
入学式初日から、HAYATOに似ていることでもめたり、HAYATO目当てで近付くな、と手厳しく言い放ったそうなので、そのせいもあるのだろう。相手がどんな人間であろうと、トキヤは最初から他人を拒んでいる。
一年間同じ部屋で生活するなら、仲良くしたい。楽しく過ごしたい。そう思って部屋にいる時はできるだけ話しかけてはいるのだが、会話は三分と続きもせず終わってしまうのが常だ。
それに加え、トキヤは部屋にいる時間が少ない。事情があってアルバイトをしているとのことで、授業が終わった後、夕方や夜から出かけ、帰宅は深夜になることも多く、平日の朝はまだ暗い四時くらいに出かけてしまう。
今日もそうだ。そろそろ日付が変わる頃になるのに、トキヤはまだ帰ってこない。週末は都内にある兄HAYATOのマンションに泊まることもあるが、今日は聞いていないから帰ってはくるのだろう。
一応同室だからと、そういう場合トキヤは音也に事前に話してくれる。必要以上に歩み寄りはしないけれど、彼にはそうした真面目で律儀な部分があった。だからきっと仲良くなれるはずだと、音也は一ミリも疑っていない。
本当に人が嫌いならアイドルを目指そうなんて思わないし、自分と関わりたくないのなら無視するだろう。けれどトキヤはそうしない。最低限のコミュニケーションは取ってくれる。そういう人には案外隙があるのだ。経験と直感で、音也は知っている。
そろそろ寝ようか、でも明日は休みだし、もう少し起きてギターを弾いていようか。そんなことを考えてつけていたテレビを消すと、ほぼ同時くらいに部屋の扉が開いた。反射的にそちらを見やれば、やや疲れた顔のトキヤが入ってくる。
「お帰りトキヤ! 今日は遅かったね」
「……起きてたんですか」
ソ ファの背に手をかけ笑顔を向けると、トキヤはやや面食らったように目を見開いた。そうしてやはり律儀に「ただいま戻りました」と付け加え、さっさと上着を 脱いで音也に背を向ける。それ以上の会話は拒否、ということなのだろうが、せっかく待っていたのだからもう少し話したい。
「ねぇトキヤ、明日はバイトないの?」
「ありませんが。それが何か、」
「だったらさ、一緒に遊びに行かない?明日みんなで早乙女キングダムに行こうって話になったんだ」
「結構です」
とりつく島もなく、誘いは簡潔に断られた。更に呆れたような溜息まで追加される。
「入学したばかりで余裕ですね。貴重な休みだからこそ、勉学や練習に励むべきでしょう」
「貴重な休みだからこそ休むべきだと……っていうかちょっとトキヤ、まさか今から勉強するつもり?」
てっきり風呂にでも入るかと思いきや、トキヤは鞄から教科書とノートを出すと机に向かった。心底驚いて、音也は思わず立ち上がりトキヤの傍に行く。
「今日の授業の復習をするだけです。何ですか。邪魔ですよ」
「だってそんなに疲れた顔してて、そんなの駄目だよ」
「あなたには関係ありません」
冷たい声に冷たい視線を重ね、トキヤはそう言い捨てた。眉間には皺が二本も立ち、鬱陶しいと言わんばかりに顔がしかめられる。
そ んな反応にはもう慣れているのだが、やっぱり寂しいなあ、と音也はしゅんと目を落とした。こうして話す機会が増えていても、トキヤの笑顔を見たことは未だ かつて一度もない。HAYATOとほぼ同じである整った顔は、普通にしていても、今のようにしかめられていても綺麗だ。でも、笑えばもっと綺麗だろうし可 愛いだろうに、ともったいなく思う。
「さあ、もういいでしょう。起きているのは勝手ですが、うるさくしないでくださいね」
「わかった。けど……明日は休みなんだよね?」
「しつこいですね。遊びになんて……」
「そっか。じゃあ少しでもたくさん寝れるよね」
よかった、と顔を上げて笑うと、トキヤはなんとも言えない複雑な表情で黙り込んだ。妙なものを見る目つきで音也を見つめ、「大きなお世話です」とだけ言うと背を向ける。
「あ、ねぇ。このCD借りていい?買おうか迷ってたんだけど今月おこづかい結構使っちゃっててさ」
「……汚したり割ったりしないのなら」
「サンキュー! トキヤってやっぱ優しい! あ、ちゃんとヘッドフォンして聴くからうるさくしないよ」
机の隅にあったCDを手にし、音也はようやくトキヤから離れた。これ以上続ければ迷惑になるだろうし、今日はいつもより長く話せたほうだ。少しずつ少しずつ、近付いていけばいい。さしあたっての目標は、笑ってもらうことだ。
皮 肉っぽく笑ったところは見たことがあるけれど、彼が心から楽しそうに、嬉しそうにしているところは見たことがない。いつも忙しそうだし、表情はしかめっ面 か呆れた顔か、疲れたようなそればかりで、なんだかとてもしんどそうだなと思うのだ。部屋にいる時くらいは、心を解放してほしい。
そうさせている一番の原因は自分だということには全く気付かず、音也は上機嫌で借りたCDをデッキに入れた。さっき言った通りヘッドフォンをしてベッドの上に転がる。
翌朝、CDを聴きながら寝てしまったことをトキヤに怒られる羽目になるのだが、彼から話しかけてくれたことが嬉しくて、音也は謝りながらも笑ってしまった。
それも仕方のないことだと思う。文句を言いながらも、なんとトキヤはデッキを止めて首に絡まっていたヘッドフォンまで外してくれていたのだ。
自分のCDですし、そのせいでヘッドフォンを壊されたりしたら気分が悪いですから、とやはり怒りながらトキヤは言ったが、実は案外世話好きな面もあるのかもしれない。きっともっと、トキヤのいいところはたくさんある。見えないだけで、絶対にある。
思い込みだけでなくそう確信したのは、出会って半月頃のことだった。

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