君が僕を想うよりも僕は君が大好き(途中部分抜粋2)

男にしては長い睫、すっと筋の通った綺麗な鼻、薄くて形の良い唇。
ただ見ているだけでも、トキヤは整った綺麗な顔立ちをしている。それが優しく甘く変化すると、途端に可愛らしくなるから不思議だ。
好きだから、というのもあるけれど、キスをしたり抱き締めたり、触れ合うとほんのり赤くなる頬や緊張して固くなる体はやっぱり可愛くて、ひどく愛おしかった。寝顔なんて、無防備で可愛すぎて、すぐにでも襲いたくなるくらいだ。
すうすうと静かな寝息を立てて眠っているトキヤの顔をじっと見つめ、音也は起こさないよう気をつけてその唇に触れた。
一緒に寝ることを、トキヤはあまり許してくれない。アルバイトの入っている前日は絶対に無理で、学校のある平日の中で、彼の帰りがあまり遅くないときだけ、それでも粘って強請ってなんとか、というところだ。
今日も本当は、ちゃんと一人で寝てもらうはずだった。トキヤも断固として拒否していたのだ。
けれど最後のキスをしているうちに、腕の中の温もりを離すのが嫌で、明日明後日はまともに会えないという寂しさも手伝って、あのままトキヤごとトキヤの布団に潜り込んでしまった。
絶対何もしないし、隅で大人しくしてる。抱き締めたりもしない。と幾つか約束をして、ベッドから蹴り落とされるのを回避した。
こんなにすぐ傍にいて触れないというのはかなりの拷問だったが、一緒に寝てくれるのなら耐えられる。耐えられる、と思っていたのに、こうして見ていると触りたくなってしまうのだからどうしようもない。
それでも一応距離は保ってるし、と一つ布団の中でも肘から手首分まで空けているのを確認し、音也は柔らかな唇をそっと撫でた。温かくさらりとした柔らかさに、どきんと心臓が高鳴る。
さっきまでこの唇にキスしてたんだなあ、なんて思い出せば、体は簡単にふわりと熱くなった。やばいやばい、とやや冷や汗をかいて、音也は指を離す。
キスしていた間だって、下半身が疼いて押さえるのに大変だった。本当は、一緒に寝るなんて自殺行為に等しい。トキヤを抱きたいという衝動が、今以上に強まるだけなのだ。
わかっていたけれど、好きな人とはできるだけ一緒にいたい。傍に、いたい。だから、こうして同じ温もりに包まれることを望んだ。
少し遠くても、寝息が聞こえる。トキヤの匂いが届く。この距離を、許されている。それは奇跡に等しい幸福だった。
他の誰も、彼のこんな傍に近付くことは許されていない。触れることも許されてない。目の前のトキヤは、音也だけのものだ。恋人である、自分だけのものだ。
そして今以上の距離も、もうすぐ許される。キスだけでない、もっと深い繋がりを、まだ知らない彼の体を、この腕に抱くことが、できる。もっともっと可愛いトキヤを、知ることができるのだ。
未だ隠されている白い肌は、どんな感触だろう。キスだけでもあんなにえっちな顔になるのに、セックスになったらどれほどとろけた顔を見せてくれるのか。零れる声の甘さだって、想像以上に違いない。
ほんの少し考えただけで、頭からつま先までがかーっと熱を上げた。駄目だって言ってるのにと、音也は無理矢理に目を閉じる。
トキヤの寝顔を見ているから邪なことばかり思い浮かぶのだ。とりあえず視界から消すことで落ち着つこう、と音也は目を閉じたまま身を反転させた。
だが、それはそれで瞼の裏に鮮明な映像を浮かび上がらせる。
わー!と心の中だけで叫び、音也はぶんぶんと頭を振った。僅かな振動が伝わってしまったのか、背後から「ん……」と小さな声が聞こえてくる。
その声に上がった熱は一気に下がり、心臓まで凍り付きそうになった。そろそろと振り返ってみると、少し眉をしかめているものの変わらぬ寝顔がそこにある。
ほっと胸をなで下ろし、音也は静かに長い溜息をついた。おかげで妙な妄想も消えたので、また姿勢を戻してトキヤに向き合う。
眉間に寄った皺にごめんね、と胸の内で謝り、音也はトキヤのパジャマの袖端をきゅっと握った。
今はこれだけでいい。これだって、十分に幸せなのだ。
こんな風に恋人同士になれたらいいと思っていたけど、望みなんてないと諦めてもいた。真面目で固くて、なんでもできる自分とは遠くかけ離れた人。憧れで、ライバルで、大好きで、でも、好きになってもらえる自信はほとんどなかった。
トキヤを恋愛感情で好きだと気付いたのは、夏前くらいだったろうか。
最初に会った時は、自分とは真逆の人だと思った。神経質で細かいし、口うるさい。音也のやることなすこと大半に駄目出しをしてきて、これはなかなか手強いなと感じたものだ。 
できれば仲良くなりたいけれど、向こうはそうは思っていない。育った環境のせいか、相手がこちらに抱く感情には敏感で、それでも引いてしまえばきっかけがなくなってしまうことも経験済みだったから、音也は諦めなかった。
確かにトキヤはいつも説教モードで音也を叱る。だけどそれは大体が正しかったし、彼の気に障ることをしなければ、会話もそれなりに成立した。だから嫌な奴、なんてことは微塵も思わなくて、むしろちゃんと指摘してくれる厳しい優しさが嬉しかった。
本当に嫌いなら、トキヤのようなタイプは徹底的に無視をしてくる。相手の存在を認めない。
でも、そうじゃなかった。トキヤはちゃんと音也の言動を見てくれていて、眉間に皺を寄せながらも話をしてくれた。
放つ言葉は冷たく聞こえても、その中身は違う。
ひと月を過ぎる頃には、もしかして実は単なる世話焼き体質なんじゃないのかと思い始め、それからそう間もなく、本当はとても優しい人なのだと気付いた。しかめっ面ばかりに見えて、優しく笑うこともあるのだと知った。疲れているときは普段以上に無口になり、機嫌のいいときは普段以上に長風呂になることも知った。
そして、音也に対しても柔らかい笑みを見せてくれるようになった。言葉は厳しくとも、優しい声音を聞かせてくれるようになった。からかえば真面目にとってムキになって、可愛い顔を見せたりもする。可愛い、と思ってしまった時点で、もう気持ちは恋になっていたのだろう。
思えば好きになる理由なんてたくさんありすぎて、いつそうなったのかなんて音也にはわからなかった。わからなくても構わなかった。
そんなことより、大変な恋に落ちてしまった。どうすれば好きになってもらえるだろう。それでなくてもこの学園は恋愛禁止なのだから、好きだなんて言うこともできないかもしれない。
そんなことばかりが頭を巡り、けれど好きな気持ちは日に日に大きくなって、堪えきれず彼に告白してしまった。
そうして付き合うまでにはまたかなりの時間を要したのだが、今は正真正銘、恋人同士になっている。幸せだと、そう思う。
「……好きだよ」
届くか届かないかの小さい声で、音也はぐっすり眠っているトキヤに囁いた。
できることなら、今すぐにでも彼を抱きたい。奥深くまで繋がりたい。辛い思いはさせないから、優しくするから、と強引に流したい気持ちがないといえば嘘だし、実際何度か押し倒しそうになったこともある。
正直なところ、かなり我慢しているのだ。我ながらよく耐えていると感心するくらいには、辛抱強く待っている。でも、それもあと少しで終わりだ。
実はこれまでに二度ほどそのチャンスはあって、だけど漫画やドラマのお約束のようにそれはトキヤの急な用事でお流れになっていた。
二度あることは三度、と言うが、三度目の正直という言葉もある。音也としては、後者にかけたい。
あと二週間あと二週間、と心の中で呪文のごとく繰り返し、音也はほんの少しだけトキヤに身を寄せると、微かに伝わる寝息を感じながら目を閉じた。

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