それはきっと幸せな悩み(途中部分抜粋1) |
ST☆RISHのメンバーの中でも、真斗はトキヤにとって一番近い性質を持っている。穏やかで静かで、けれど凛としていて、時折天然な部分も見せるが、誰 かさんのように突拍子もないことを言ったりしたりもしないし、極めて常識人だ。読書や映画鑑賞、料理など、趣味も通じるものがある。 クラスは違うし、ST☆RISH結成まではあまり関わりがなかったが、この数ヶ月で互いを知ることができた。それと同時に、どうしてこんな人があのレンとつき合っているのかという疑問が生じたりもするのだが、それは自分にも言えることで、それこそ無粋でしかない話だ。 レンは見かけ通り派手好きで、以前までは女性との付き合いも多かった。今では深い関係こそないものの、フェミニストぶりは相変わらずだ。きっと真斗も苦労しているのだろうと、やや同情を禁じ得ない。 それでも、同じクラスだったから知っている面もあり、レンが最初からどれほど真斗を意識していたか、真斗だけを見ていたか、その想いに嘘のかけらもないことは明白だった。 女好きにしか見えないのに選んだのが男という点で、彼の本気度も窺えるというものだ。かといって、今朝のあのような行動はどうかと思うのだが。 「茶を点てるところは近くで見るか?」 「あ、はい。できればそのほうがありがたいです」 「うむ。手の動きや茶碗の中の様子も見えるからな」 茶碗に湯を入れ二、三度回して中の湯を建水に捨ててから、真斗が顔を上げて促した。手元の様子はここからだとよく見えないので、その心遣いに礼を言い、トキヤは真斗の座する場所まで移動する。 本来ならこのような稽古はしないのだがな、と真斗はやや苦笑し、茶杓を手にすると棗の蓋を開けた。流れるような動きで抹茶を茶碗に入れ、湯気の立つ茶釜から湯を注ぎ、真斗は茶筅で茶を点て始める。 彼自身も端麗な容姿をしているが、その所作も見とれるほどに美しかった。聖川家の嫡男であることから幼い頃より色々と学ばされているとしても、それをこのレベルで体得しているのは、彼だからこそだろう。由緒ある家から見れば、アイドルを目指すことに猛反対するのも当然だ。 けれど、真斗は家ではなくアイドルを選んだ。選び、進み、ここにいる。聖川の家には申し訳ないが、トキヤにとってはそれは嬉しいことだった。 真斗を含め、他のメンバーに出会えたことで、七海春歌という作曲家に出会えたことで、今自分は望んだ道を歩んでいる。この先どれほどの困難にぶちあたっても、彼らを信じて進んでいけるだろう。 出会うまでは一人でいいと、他人など必要ないと思っていたが、それが大きな間違いだったことに気付けた。今茶道を学んでいるのはHAYATOの仕事の為ではあるが、だからこそほんの僅かでも手を抜かず、きっちりと全力を出したいと思う。それがけじめというものだ。 「よし、この程度だろう。泡は立てすぎず、少なすぎてもよくない。まあ撮影では用意されたものが出るだろうが、一応な」 「そうですね。せっかくなので、きちんと細部まで学びたいです」 ドラマでの役は、それこそ真斗のように実は御曹司という設定だった。それを知らない相手に茶会に呼ばれ、恥をかかせようと企む彼らの前で完璧な点前を見せる。だから、服装もあえて和装ではなく普段着にしてもらったのだ。 「では、茶を出すところまで終えてしまおう。席に戻ってくれるか?」 「はい」 膝に手を置きすっと立ち上がると、トキヤは元いた場所へとすり足で戻り静かに座った。それらを見て小さく頷き、真斗は茶碗を持ってトキヤへと体の向きを変える。 「……お点前頂戴いたします」 前に置かれた茶碗を教え通りに手にし、回しながら正面の位置を戻してすっと口元へ運んだ。ずず、と小さく音を立てて飲み干し、トキヤは茶碗を畳の上へ戻す。 ドラマや映画では苦いようなリアクションが出ることが多いが、実際抹茶はほのかに甘い。滑らかでちょうどいい温かさの茶を味わい、トキヤはほっと小さく息をついた。 「とても、おいしいです。今回は学ぶためですが、また機会があれば飲ませてください」 「あぁ。なかなか難しいだろうが、こうした時間を過ごすのも大事だな」 「では、次は私が実演する番ですね。おかしなところがあればすぐに指摘してください」 よし任せろ、と力強く頷く真斗がなんだか可愛らしく、トキヤは僅かに笑むと立ち上がった。 柄杓も棗も袱紗も、すべて初めて扱うものばかりだが、今さっき真斗がして見せてくれた動作を思い出し、ゆっくりとそれをなぞっていく。時折傍に座っている真斗がアドバイスをしてくれ、それを踏まえてやり直しつつ、トキヤは生まれて初めて茶を点てた。 「……と、このくらい、でしょうか?」 「そうだな。とても綺麗な表面だ。さすが飲み込みが早い」 茶筅で点てた茶の中身を見せると、真斗はとても満足そうに笑んでくれた。同い年であるものの、免状を持っている相手に褒められるのは素直に嬉しい。 「聖川さんの教え方がいいからですよ。とても丁寧で、わかりやすい。言葉の選び方やアドバイスのタイミングも適切でした」 「生徒にも資質というものは必要だ。その点で、一ノ瀬は優秀なのだろう。普通一度見ただけでここまでは出来んぞ。姿勢といい、柄杓の持ち方、袱紗の捌き方見事だった。俺も教えた甲斐がある」 「あなたに褒めてもらえると、照れますが嬉しいですね」 真斗の言葉には嘘も裏も世辞もない。だからこそ、心に染みる。素直に受け取れる。 ありがとうございます、と柔らかく微笑むと、真斗もふわりと嬉しそうに顔をほころばせた。普段生真面目で固い表情ばかりが目立つが、こうして笑うと少し幼く可愛らしい。 きっと恋人であるレンはこんな表情を自分たち以上にたくさん見ているのだろう。それ以外にも、色々な表情を恋人には見せているはずだ。 自分だって、誰にも見せていない顔を、恋人の音也にだけは見せている。そう思い、トキヤはすっかり忘れていた今朝のことを思い出した。 眼前にある清らかで美しいきめの細かい肌を急に意識し、すっと顔を赤らめる。誰でもセックスの時は乱れはしたない格好になるものだが、この人も例外ではないのだ。綺麗な肌を全部曝し、脚を広げ、男の欲を受け入れている。 「ん? どうかしたか?」 「あ、いえ……」 トキヤの点てた茶を飲み干した真斗は、視線に気付きやや首を傾げた。せっかくの穏やかな空気を壊すことはないと思いつつも、彼と二人きりで話す数少ないチャンスだと思うと心が揺れる。 「ちゃんと美味だったぞ。初めてとは思えん点前だ」 「ありがとう……ございます。貴重な休みの時間を私の為に割いてくださったのですから、それなりの成果はあげないとなりません。その……レンにも、申し訳が……」 「はっ……?」 恐る恐るその名を口にすると、今の今まで完璧なまでに茶人だった真斗は頭の天辺から出たような声を上げ、高価そうな茶碗をごとんと畳に落とした。慌てて拾おうとするも、進めた膝に茶碗が当たり、ごろごろと畳を転がる始末だ。 「ひ、聖川さ……」 「し、心配は無用だ! 案ずるな!」 「ですが……あっ」 茶碗なら私が、と手を伸ばしたトキヤを制し、真斗は転がる茶碗を追った。だが、今度は膝を立てようとしたズボンの裾を逆側の足で踏んでしまい、ずるりと前のめりに倒れ込む。 「聖川さん!」 「す、すまん……」 綺麗な顔をしたたか畳にぶつけてしまった真斗に、トキヤは慌てて手を差し伸べた。こちらこそすみません、と謝り、トキヤは真斗を助け起こす。 起きあがった真斗の顔は驚くほど真っ赤で、白い肌はどこへやら、首筋までもが同じ色に染まっていた。やはり真斗は尋常ならぬ意志の力で今朝のことを忘れ平静を装っていたのだろう。不用意な一言でそれを崩してしまったことも含め、トキヤはもう一度謝る。 「すみません。余計なことを……」 「いや、いや……あぁ、茶碗が……」 「私が取ってきます」 また転ぶ危険性を考え、トキヤは真斗を制すと立ち上がろ、やや離れたところで止まったそれを立ち上がって拾い上げた。どこも欠けたりはしていないことを確認し、真っ赤な顔のままの真斗へ返す。 「すまん。礼を言う一ノ瀬」 「いえ、元はといえば私の不用意な発言のせいですので」 茶碗を受け取ったものの、さっきまで穏やかでほんわりとしていた空気は緊張感漂うものに変わり、妙な沈黙が落ちた。 真斗は必死で平静を取り戻そうとしているようだが、茶碗を持ったまま固まったように動かない様子から、それがうまくいっていないことはわかる。 あんな場面を見られても、理性を取り戻して約束通りトキヤのために貴重な休みを使ってくれたのだ。恥をかかせたままでは申し訳が立たない。 |